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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和52年(ネ)52号

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「1原判決を取消す。2被控訴人らの各申請を却下する。3訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

二  当事者の事実上、法律上の陳述及び疏明の関係は、双方において後記のとおり主張、疏明したほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

1  本件配転命令は、労働協約九条一項にいう「従業員の異動、転勤」のいずれにも該当しない。

すなわち、控訴会社の組織は原判決添付別紙(二)会社業務組織図(これをここに引用する。)のとおり一室三部があるが、自動車関係は自動車部に属し、これに嶺北、嶺南の二総括営業所と貸切観光、業務の二課が置かれ、右総括営業所と貸切観光課にはそれぞれ二個の営業所が附属している。

そして、敦賀営業所は嶺南総括営業所に属し、タクシー班、バスの第一ないし第三班及び予備要員で構成されている。

ところで、控訴会社では従来から、同一総括営業所(貸切観光課を含む、以下同じ)管内の各営業所間の配置転換を「異動」といい、異なる総括営業所間の配置転換についてはこれを「転勤」と称し、「転勤」に際しては本人に辞令を交付するとともに、社報にこれを登載し、「異動」に当っては社報に登載して従業員たる組合員らに周知させているのであって、控訴会社の転勤、異動に関する解釈及び前記取扱は、いずれも福井鉄道労働組合(以下組合という)も支持承認するところである。

したがって、本件の如く同一営業所内におけるバス班から三方タクシー班への配置転換は単なる勤務担当の交替というにすぎず、いわゆる「転勤」「異動」に該当しないことは明らかであり、その故に、昭和五〇年一一月二〇日、同月二五日の二回にわたって開催された懲戒委員会においては、被控訴人らの異議申立を理由なしとして却下したものである。

2  従来定期バス運転士として勤務していた被控訴人らを、三方タクシー班のタクシー運転手に配置転換することは、勤務条件を不当に変更するものではない。

すなわち、両者はともに旅客自動車の運転業務であって、むしろ、小型車であるタクシー運転勤務は大型車の運転業務よりも少くも神経の疲労度は軽いといえる。

勤務時間は、ワンマンバスの場合二週通算九六時間、ツーマンバスの場合九九時間三〇分であり、タクシー勤務は一週五七時間であるが、客待ち時間が長いので、実働時間はタクシー勤務がむしろ短いのである。また、バス勤務者の休日は二週三回、タクシー勤務者は週一回であるが、バスには祝祭休日がなく、タクシーには年間一七日の休日が与えられていることからすれば、その勤務条件は大差がないといわなければならない。

給与の面からみると、バス運転士には月額八四〇円の、ワンマンバス運転士にはさらに月額七四四〇円の職種手当が支給されるが、タクシー運転手には収入の五パーセント平均月額一万〇、九七三円の歩合手当が支給されているほか、祝日に勤務したときは、タクシー運転手にかぎり基本給の約一パーセントに相当する一日一、〇〇〇円以上の手当が支給され、さらに、タクシー運転手には、集金という名目で月額二六〇〇円が支給され、結局、タクシー運転手の収入は、ツーマンバス運転士はもとよりワンマンバス運転士に比しても、なお、月額五、二九三円高いのである。

もっとも、被控訴人らが三方タクシー班に勤務する場合、通勤距離が長くなり、それだけ家庭生活が圧迫される結果となることは控訴人も争わないが、このことは被控訴人らにのみ存する特段の事情ではなく、むしろ、従業員一般に同様の事情が存するのであって、その故に、原審において主張した如く、組合自らが控訴会社に申入れて、敦賀営業所勤務者全員を三方タクシー班勤務の対象者とする旨の取決めがなされるに至ったものであって、現に昭和四九年四月には通勤距離が被控訴人らよりもさらに長い藤井栄、出口国夫両名がバス班から三方タクシー班に配置転換となったのであり、本件配置転換も、右藤井栄を三方タクシー班からバス班に復帰させるためとられた手段であったのである。

3  なお、被控訴人らは控訴会社が三方タクシー班を他に移譲する方針を樹立し、これが進行していたので、同所に勤務する従業員は、これとともに控訴会社の従業員たる地位を失なうおそれがあった旨主張する。

なるほど、控訴人が三方タクシーの企業の物的施設と運転手、非乗務員等をあわせて他に譲渡する方針で、その計画が具体化しつつあったことは事実であるが、かりに、これが実現したとしても、控訴会社としては右移譲人員については希望者をもってこれにあてる予定であったものであり、もしそうでなかったとしても、労働協約九条ないしは一二条の規定の存する以上控訴人らはこれによって保護されるのであって、右の如きは単に杞憂にすぎないというべきである。

4  要するに、被控訴人らは、控訴会社の正当な配転命令に対し、しかも、昭和三八年には控訴会社に対して「今般貴社の従業員に御採用されましたので、貴社の就業規則並びに業務命令を固く遵守し、いやしくも会社の業務遂行を妨害又は支障をきたすような行為或は従業員としての体面を汚涜したりする所為のないように致します。」旨の誓約書を差入れて控訴会社に雇入れられたものであるのにかかわらず、正当な理由もないのにこれに従わないばかりか、会社内において、会社を誹謗するビラの配布に狂奔し、懲戒委員会の協議により、会社と組合双方からの再度の説得にも応ぜず、三方タクシー班の勤務に就かず、或は勤務に就く旨の意思表示をすらなさないものであって、このような所為が会社の職場秩序を著しく紊すものであることはいうまでもなく、就業規則四条の「従業員は職制によって定められた上長の指示に従って職務職場の秩序を保持しなければならない。」との規定に反することは明らかであり、懲戒規定五条一号にいわゆる「正当な理由なくして無断欠勤が引きつづき一四日以上に及んだとき」、同一〇号に「その他前各号に準ずる行為のあったとき」に該当するから、懲戒委員会は慎重審議のうえ、被控訴人らの所為が情状重いものとして懲戒解雇もやむなしとの結論に到達したものである。

5  かりに、被控訴人らに対する本件配転命令が労働協約九条所定の人事異動に該当するものと認められるとすれば、控訴人は、予備的につぎのとおり主張する。

すなわち、本件配転命令が同条所定の人事異動に該当するとすれば、控訴会社は同条二項により、被控訴人らの異議申立に対し、実施を保留して解決まで組合と協議することとなるのであるが、控訴会社は、昭和五〇年一一月四日被控訴人らに対し本件配転命令をした約半月後の同月二〇日になって直接組合に対してではないが、組合選出委員が構成員の半数を占める懲戒委員会において、被控訴人らの異議事由を開示し、その可否について十分な協議を行なっており、その結果右異議の理由のないことが明らかとなったが、なお四日の猶予期間を置くこととなり、その間被控訴人らに対し、控訴会社はもとより組合においても、右異議が認められないことを告げて、配転命令に従うよう懸命の説得をつづけたが、ついに被控訴人らの応ずるところとならなかったので、同月二五日前同様組合側委員も列席した第二回懲戒委員会において懲戒解雇もやむなしとの結論に達したが、これに対し、またしても被控訴人から異議の申立があったので、控訴会社は同年一二月四日三度懲戒委員会を開いて組合と協議した結果、被控訴人らの異議申立の理由のないこと、被控訴人らが三方タクシー班の勤務に就く意思のないこと、これ以上の説得の無意味であることが確認されたので、出席委員全員の一致で、被控訴人らの懲戒解雇が決定されたものであり、控訴会社は労働協約九条二項所定の手続を完全に履践しているといわなければならない。

6  控訴人が、被控訴人両名に対する本件解雇の意思表示を撤回したとの被控訴人らの主張を否認する。

大島巌は、被控訴人両名に対し、単に、今後控訴会社に出頭することのないよう要求したにすぎないものである。

7  控訴会社が、昭和五〇年一二月四日まで本件配転命令の実施を保留した旨の被控訴人ら主張事実を否認する。

控訴会社は、もとより本件配転命令が労働協約九条所定の人事異動に該当しないものと判断していたから、その実施を保留するいわれはなく、ただ、前記経過から事実上その実施が保留されたと同一状態がつづいたというにすぎない。

8  控訴会社が昭和三五年九月三方交通株式会社を買収したあと三方営業所を設置したことは認めるが、その後労働協約七九条三号に基づき組合との間で運営協議会を設け、慎重な協議の末昭和四四年九月機構改革により、同営業所を敦賀営業所に吸収させ、現在まで同営業所の三方タクシー班として、バス班と同様存続してきたものである。

9  およそいずれの社会や団体においても、その存立の基礎となる規律や秩序が必要であり、これを遵守しないものは、その社会又は団体から排除されることを免がれないが、被控訴人らの本件所為、態度、思考は、控訴会社はもとより組合にも受け入れることができないものであり、とくに控訴会社にあっては、被控訴人らのこのような所為を放置したのでは、職場秩序の崩潰を招き、企業自体も存立し得ないこととなるおそれがあるのであって、本件仮処分はこの点からも取消を免がれないものである。

(被控訴人らの主張)

1  控訴会社労務部長大島巌は昭和五二年五月二五日被控訴人両名に対し、仮処分による同月分仮払金を支払うに当って、今後従前の勤務先である敦賀営業所に出勤することなく、別段の指示あるまで自宅において待機するよう命令し、翌二六日被控訴人ら訴訟代理人に対し、右命令の目的は被控訴人両名の就労につき労使協議をするにある旨説明した。

すなわち、右命令は被控訴人らの就労を予定するものであるから、控訴人はこれにより本件解雇の意思表示を撤回したものというべきである。

2  また、控訴人は当審において予備的にではあるが、労働協約九条二項の手続を履践した旨主張しているが、これによれば、控訴人は「昭和五〇年一一月二〇日組合と協議し、同月二四日まで四日間の説得並びに反省の期間を設け同年一二月四日に組合と協議」したというのであるから、本件配転命令の実施を同年一二月四日まで保留したことを自認するものというのほかはない。

しかるに、控訴人は、被控訴人らが本件配転命令に従わなかったことをもって本件懲戒解雇の事由と主張しているが、右のとおり本件配転命令の実施は少くも昭和五〇年一二月四日まで保留されているのであるから、被控訴人らが同日までその命令に従わなかったからといってこれを非難するいわれはなく、したがって、前同日なされた本件懲戒解雇決定は、何ら正当の事由に基づかないこととなり、その効力を生じないものといわなければならない。

3  かりに、右各主張が容れられないとしても、本件配転命令が労働協約九条一項所定の人事異動に該当することは明らかであるから、原審において被控訴人らが主張した如く、その実施は保留されるべきものであった。

控訴人はいわゆる三方タクシー班が、被控訴人らの所属していたバス班と同じく敦賀営業所内に設けられているものであるから、本件配転命令は、労働協約九条所定の人事異動に該当しない旨主張するが、右事実を否認する。

三方タクシーは、昭和三五年九月控訴会社が三方交通株式会社を買収し、三方営業所を設置して以来独立の営業所として存続してきたものであり、少くも、敦賀営業所に属していたことはない。

そして、その従業員もすべて旧三方交通株式会社の従業員で占められていたが、昭和四七年頃から控訴会社は、組合中の活動家をここに追放するようになり、本件に至ったものである。

さらに、「異動」「転勤」についての控訴人の主張を争う。

およそ、いわゆる人事異動に該当するか否かは、その対象となる従業員にとって、その労働条件の変更となるかどうかの観点から決定せられるべき事柄であって、使用者側の組織構成から認定さるべきものではないし、その主張する社報登載の存否はそもそも問題とはならない。

なお、懲戒委員会が被控訴人らの異議を容れなかった真の原因は、控訴会社総務部長大島厳が同委員会の席上で「会社の主張が容れられないなら、これまでの労使慣行はすべて御破算にする。」と脅迫的発言をなし、暗に従来慣行となっていた年末一時金の不支給をほのめかしたので労働者側委員がやむなく控訴会社の要求を容れたというにすぎないものである。

4  タクシー運転者の労働条件がバス運転士のそれに比して、より優れているとの控訴人の主張を争う。

タクシーは定時に所定場所を運行するバスと異なり、時刻を問わず、狭小で曲りくねった露地を含む危険な道路を運行するのであるから、その精神的緊張は到底バスのそれとは比較できないうえ、客待ち時間の長短は必ずしも一定せず、食事、休憩時間も不定であるから、タクシー乗務の拘束時間は少くもバス乗務と同等であるべきであるが、控訴会社においては、逆にこれが週九時間延長されているのであって、労働時間のみをとってもその不利は明らかである。

給与についてみても、歩合手当はその収入により支給されるのであって、定額給よりも労働者に不利であることはいうまでもないし、通勤手当が支給されず、本数も少なく時間帯も狭いため利用価値の乏しい国鉄の回数券が支給されるのみであるため、被控訴人らは自家用車により通勤するほかはなく、そのため月額一万円の経費増となることも看過することはできない。

また、組合が控訴会社に申入れて、敦賀営業所勤務者全員を三方タクシー班勤務の対象者とする旨の取きめのなされたことは否認する。

なお、藤井栄、出口国夫はともに組合の活動家であって、三方タクシー班への配置転換に際し、労働協約九条による異議申立をしたが、控訴会社が頑として出口らの要求を容れなかったため、解雇を恐れて配置転換命令に応じたものであって、控訴人主張の協議や申合わせに従ったものではない。

このように、本件異動は、全員が一定の間隔で、一定期間異動するところの確立されたルールに従ういわゆる定期異動ではなく、控訴会社が組合活動家である被控訴人らに対し、不利益な待遇を強制しようとするものであるから、被控訴人らは、自らを防衛するためビラ配布等の手段を講じてその主張を展開したにすぎない。

(疏明)…略

理由

一1  被控訴人浜野仁史(以下被控訴人浜野という)は昭和三八年四月、同木下鴻洋(以下被控訴人木下という)は同年七月それぞれ控訴人会社に雇入れられ、昭和五〇年一一月二五日当時はいずれも控訴人会社の嶺南総括営業所敦賀営業所にバス運転士として勤務し、ともに組合の一員であったこと、控訴人は昭和五〇年一二月四日被控訴人両名を懲戒解雇し、以後同人らをその従業員として取扱わなくなったこと、これよりさき控訴人会社の敦賀営業所長笠島藤次郎が、同営業所三方タクシー班に生じた二名の欠員補充のため、昭和五〇年一一月四日被控訴人両名に対し、同月七日から三方タクシー班において勤務するよう本件配転命令を与えたこと、ところが被控訴人両名はこれに対し「通勤距離が延び健康と日常の家庭生活が脅やかされる。バス運転士からタクシー運転士になることはその職務内容や労働時間の点で重大な変更がある。さらに本人の意思を無視した転勤命令は不当である。」との理由をあげて本件配転命令に従うことを拒否したこと、そして被控訴人らはその後も前記笠島らから再三にわたり本件配転命令に従って三方タクシー班の勤務につくよう勧告されたが、ついに、これに応じなかったこと、そこで昭和五〇年一一月二五日開かれた懲戒委員会においては、被控訴人らに懲戒規定(五条一号、一〇号―就業規則四条違反、同五条違反)に該当する行為があり、懲戒解雇もやむなしとする結論に達したので、控訴人会社はこれに基づいて同年一二月四日書面で同人らを懲戒解雇する旨通知し、これが被控訴人らに到達したこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、まず右懲戒解雇の原因について判断する。

(証拠略)によれば、控訴人会社の被控訴人両名に対する懲戒解雇通知には、被控訴人両名が前記のとおり本件配転命令を受け、その後上司等から再三右命令に従うよう勧告されたが、これに応ぜず今日に至ったことを挙げたあと、「その間一一月二〇日には懲戒委員会で、貴殿の反省を求め、考え直すよう猶予期間(一一月二四日まで)を設けその趣旨を伝えたが、所定の勤務につかなかったので、一一月二五日の懲戒委員会において規定に基づき就業規則四条、五条違反及び懲戒規定五条により懲戒解雇と議決されました。(中略)口頭で通告致しましたところ貴殿から異議の申立がありました。本来は苦情処理委員会を経て再審議すべきところ、本件は苦情処理委員会が構成されていないので、一二月四日直接再審議(懲戒委員会)を行った結果一一月二五日に議決された通り懲戒解雇と決定されましたので通知致します。」旨の記載があり、同じく(証拠略)によれば、控訴人会社の就業規則四条には「従業員は職制によって定められた上長の指示に従って職務職場の秩序を保持し、上長は所属従業員の人格を尊重し、互いに協力して民主的にその職責を遂行せねばならぬ。」、同五条には「事業並びに業務の都合で転勤を命じ、または職種の変更を命ずることがある。前項の場合従業員は正当な理由がなければこれを拒むことはできない。」とあり、懲戒規定五条は、「次の各号の一に該当するときは懲戒休職または降位降職とする。情状重いときは懲戒解雇とする。」旨規定し、その1には「正当な理由なしに無断欠勤が引きつづき一四日以上に及んだとき。」を掲げているのである。

そうすると、右懲戒解雇通知及び懲戒規定の文言からみれば、控訴人会社は、被控訴人両名が昭和五〇年一一月四日本件配転命令を受けたのにかかわらず、同月二四日をすぎてなお、三方タクシー班の職務に就かなかったことをもって、被控訴人ら両名が「引きつづき一四日以上無断欠勤をした」ものと判断し、これに基づいて両名を懲戒解雇したものと一応認めるほかはない。

控訴人は、右のほか被控訴人らが控訴人会社の職場秩序を紊したとして、これを本件懲戒解雇の一事由と主張するが、(証拠略)によれば、その四条4に「勤務怠慢素行不良、またはしばしば規則に違反し、会社の風紀秩序を乱したとき。」とあり、同条は減給に処する場合の規定であること、また、同五条7には「数回懲戒を受けたにも拘らず、なお改悛の見込がないとき。」、同10には「その他前各号に準ずる行為のあったとき。」との定めのあることが認められるけれども、前掲懲戒解雇通知の文言に照らせば、控訴人会社が被控訴人らの会社の職場秩序を紊したことを本件懲戒解雇の事由としたものとは認められないから右主張は採用できない。

3  そして、被控訴人らが本件配転命令を受けたのにかかわらず、ついにこれに従って、三方タクシー班の勤務につかなかったことは当事者間に争いのないところであるが、被控訴人らは本件配転命令が、控訴人において被控訴人らの労働組合活動に対する抑圧もしくはその政治的信条に対する嫌忌の結果として、これを他と差別してことさら不利益な待遇をする目的をもってなされたものであるから、公序良俗に反し無効というべきであり、そうでないとしても被控訴人らには本件配転命令を拒み得る正当な事由があるから、本件配転命令に従って三方タクシー班において勤務しなければならない義務が生じない旨主張し、控訴人はこれを争うから、以下これについて判断する。

4  まず、控訴人は、本件配転命令が同一営業所内における単なる配置転換であって、いわゆる転勤、異動に当らない旨主張する。

(証拠略)によれば、被控訴人両名はいずれも武生営業所においてバス運転士として勤務していたが、昭和四八年九月一六日「嶺南総括営業所運転士を命ずる(敦賀営業所)」との命令で敦賀営業所に転勤し、現在に至ったものであること、また、(人証略)によれば、いわゆる三方タクシー班は控訴人会社の組織上嶺南総括営業所所属敦賀営業所に置かれていることが認められる。

しかし、労働者が、いつ、どこで、如何なる種類の労務を提供するかは、労働契約の内容をなすところの重要な労働条件であるから、それは或程度包括的な定めをすることが許されるとしても、これを合理的に解釈するかぎり一義的に理解できる程度に特定されねばならず、その変更は原則として、当事者双方の合意を必要とすることはいうまでもない。

ところで、弁論の全趣旨によれば、いわゆる三方タクシー班は福井県三方郡三方町に置かれており、被控訴人らが従来勤務していた敦賀営業所の所在する同県敦賀市までの距離は、国鉄の順路に従っても二四・七キロメートルに達することは公知の事実であるから、控訴人会社の組織がどのようであったとしても、右配置転換は就労場所の重要な変更であるといわなければならないし、バス運転とタクシー乗務とでは職種が異なることはもとより、拘束時間、休日或は給与の面においても差異の存することは、(証拠略)によってもこれを認めるに充分であるから、本件配置転換は、まさに労働条件の重大な変更であり、したがって、労働協約に別段の定めのある場合は格別、労働者の同意のないかぎり、使用者において一方的になし得るところではないというべきである。

5  ところで、控訴人は、被控訴人ら敦賀営業所所属のバス運転士中の嶺北(木の芽峠以東の福井市、鯖江市、丹生郡などいわゆる越前地方)出身者を三方タクシー班に転勤させることは、昭和四七年末組合の申出により労使間に成立した協定に基づくものであるから組合員たる被控訴人らはこれに拘束されるし、そうでないとしても右協定に基づく前記慣行がすでに確立されているのであるから、被控訴人らもこれに従って本件配転命令に応ずる義務がある旨主張し、(証拠略)には控訴人の右主張にそう趣旨の部分がある。

しかし、弁論の全趣旨によれば、右協定について、書面が作成されたうえ、両当事者が署名し、又は記名捺印した事実のないことが明らかであるから、これが労働協約同様に個々の労働契約を律する効力を有しないことはいうまでもない。

そして、(人証略)によれば、昭和四七年一二月二九日当時組合の副執行委員長であった稲田静馬、同じく執行委員橋本弘之、同奥山祐二、職場斗争委員長であった奥本隆一、同書記であった夏目敏生らが、組合員の年休問題及び三方タクシー班の欠員の早期補充について控訴人会社の嶺南総括営業所長小川清と交渉した際、組合側から、従前三方タクシー班には敦賀営業所所属のバス運転士中嶺南(木の芽峠以西の敦賀市、小浜市、三方郡などいわゆる若狭地方)出身者のみが配置されてきたが、右は不公平のきらいがあるうえ、該当者も年々減少してきているので、今後は嶺北出身者を含む全員を対象として行なうこととし、その人選は控訴人会社に一任する旨申出で、会社側においてもこれを受諾したので、組合側は翌四八年一月九日その自対部の集会で右事情を組合員に諮りその了承を得たというのであり、その余の前掲各証拠もほぼこれと同様の趣旨であると認められる。

しかし、(証拠略)によれば、前記控訴人会社との交渉に列席していた執行委員橋本弘之が当時作成したメモ(<証拠略>)には、右申入れについて何らの記載もなく、本件紛争生起後昭和五〇年一二月控訴人会社の要求によって作成された確認書(<証拠略>)には、昭和四七年一二月、同四八年一月職場代表(職斗長奥本隆一、職斗委員夏目敏生)及び組合自対部(稲田静馬副委員長、橋本ほか二名)をまじえての協議の結果、タクシー班(三方、敦賀)の勤務については今後敦賀営業所内の運転士(全員)を対象として交替させることとなった旨記載されているが、右確認書の内容については稲田静馬の了承を得たけれども、奥本隆一らには示していないこと、また、当時組合員中には、右申入れが存在しなかった旨の意見もあったことが認められる。

そうすると、右申入れ或はその結果成立したと称する協定の内容が、敦賀営業所所属の組合員にとり極めて重大な影響を及ぼすものであることは、右証言中で(人証略)も自認するところであるのに、何故当時作成されたメモにその旨の記載がなされなかったか理解に苦しまざるを得ないところであり、結局、前掲各疏明資料は、(証拠略)に照らしてにわかに信用できないし、他に右協定の成立した事実を認めるに足りる疏明資料も存在しない。

そして、(証拠略)によれば、敦賀営業所から三方タクシー班への配置転換は昭和四八年中五名、うち嶺北出身者(ただし敦賀市居住)一名、昭和四九年四月二名、ともに嶺北出身者であって、本件配転命令前いわゆる嶺北出身者が三方勤務となったことはただ一回にすぎないことが認められるので、これが慣行として成立していたとはいえないし、まして、(証拠略)によれば、昭和四九年四月前記のとおり同所へ配置転換となった出口国夫、藤井栄両名が、当時被控訴人両名と同様に配転命令を拒否し、組合に苦情を申出でたが取上げられず、控訴人代表者に直訴したが却下され、やむなく右命令に従ったものであることがうかがわれるので、これが規範的効力をもつ慣行として、当事者間に意識されていたものとは到底認められない。

6  前記のとおり本件配転命令は、労働条件の重要な内容を変更しようとするものであり、すなわちそれは労働契約そのものの変更の申入れと解すべきところ、これに関する労働協約の別段の定め又は規範的効力を有する慣行の存在も認められないのであるから、相手方たる被控訴人らの同意なくして、右申入れに従った労働契約変更の効力が生ずるいわれはないといわなければならない。

もっとも、経済社会の急激な発展に伴ない、使用者たる企業は流動的な経済状勢に対応するため、既往の雇傭関係をそのままに維持することができず、時に被用者たる労働者に対し、労働契約の大巾な変更を求める必要に迫られる場合の生ずることは何人も充分予測できるところであるから、被用者もその労働契約締結の始めにおいて、すでに右事情を通常認識しているものというべきである。

したがって本件配転命令の如く労働契約変更の申入れにあってもそれが、使用者の健全な社会的常識に基づく合理的裁量の範囲内にあると認められるかぎり、被用者においても、特段の事由なくしてこれを拒否することは信義則に反し、許されないものと解するのが相当であり、前掲就業規則五条は右の趣旨を定めたものと認められる。

そして、(証拠略)をあわせると、つぎの事実を一応認めることができる。

すなわち、控訴人会社は昭和三五年九月三方交通株式会社を買収し、三方営業所を設置し、旧三方交通から引きついだ運転士らを使用してタクシー営業を始め、現在に至っているが、経営不振のため昭和四四年同営業所を廃止し敦賀営業所の所管とした。

しかし、これを始めとして控訴人会社のタクシー部門は全般にわたって赤字つづきで、昭和四七年にはその営業を大和交通株式会社に、同四九年には福井名鉄タクシー株式会社に委譲することが提案され、控訴人会社の申出により組合側との間で度々話合が行なわれたがいずれも妥結に至らず、ついで昭和五〇年八月控訴人会社は組合に対し、再度大和交通を相手方として営業全部を移管することが提案され、被控訴人浜野仁史を中心とする組合側委員と会社側との間に昭和五〇年一一月末ごろまで種々折衝がつづけられ、その間控訴人会社においては昭和五〇年一二月一五日を目途として右経営を移管することが内定していた(大和交通に経営移管することが内定していたことは控訴人の認めて争わないところである)が、従前から右経営移管に際し、その乗務員とくに三方タクシー勤務者はそのまま相手方会社に移籍することが予測され、現に、昭和五〇年の大和交通移管についての交渉では、組合側が相手方への移籍者は希望者のみに限るよう要求したところ、控訴人会社はこれを拒否し、一応希望を募るが最終的には控訴人会社の人選による旨主張して譲らなかった。

このような経営状態であったので、三方タクシー班の配置定員も昭和四八年一月には従来の七名から五名に減少し、営業車も四台あったが、最近新車が配置されたことはなく、昭和五一年春導入された二両はそれぞれ代金わずか三万円又は六万円で控訴人会社が買入れたものであり、その他の車両も同様他のタクシー会社の使い古しを譲受けたものばかりで各車の塗色すら統一されていないありさまであった。

しかも、敦賀営業所のバス班に勤務する運転士には年二回班替えなど勤務交代の機会が与えられていたが、三方タクシー班勤務者には何ら勤務交代の定めがなく、昭和四八年以前はすべて嶺南出身者がこれに充てられていたが、その後においてはわずか六ケ月で敦賀営業所のバス班に戻る例もあれば、逆に昭和四七年一二月二九日前記交渉に職場斗争委員長として参加した前記奥本隆一は昭和四八年四月三方赴任以来すでに四年以上同所に勤務し、配置転換を切望しているが未だ実現されない状況である。

そして、控訴人が昭和四九年四月始めて嶺北出身者二名を三方タクシー班に配置転換したことは前記認定したとおりであるがその一人藤井栄は当時組合の執行委員であり、他の一人出口国夫は同じく青年婦人部長であったほか、前記奥本隆一及び同じく前記交渉に際し職場斗争委員会書記として列席した夏目敏生などが本件配転命令当時三方タクシー班に勤務しており、全員五名のうち少くも三名がいわゆる組合の活動家をもって占められていた。

そして、被控訴人両名は、いずれも組合内部では少数派に属する共産党支持者として控訴人に知られており、特に、被控訴人浜野仁史は昭和四七年ごろからひきつづき組合の執行委員に選出され、本件配転命令当時は前記のとおり移管問題につき組合を代表して控訴人側と交渉に当っていたものであり、被控訴人木下鴻洋も職場委員、代議員などを経験し、組合活動に従事していたものであり、いずれも被控訴人らが控訴人から受ける賃金等の収入をもって妻子を扶養しているものであり、その通勤状態をみると、被控訴人木下鴻洋の住居は福井県武生市で敦賀市までの通勤距離は三七キロメートルで、公共交通機関利用の所要時間は約一時間であるが、三方町に通勤するときは距離が約六〇キロメートルとなり、国鉄の運行時刻の関係から列車を利用することは困難となるが、自家用車で通勤するときの所要時間は約三〇分延長され約一時間二〇分を要することとなり、被控訴人浜野仁史にあっては、その住居が同県丹生郡越前町で敦賀市までの通勤距離四八キロメートル、公共交通機関を利用したときの通勤時間三時間、三方町に通勤すれば距離は七一キロメートル、通勤時間四時間となるが自家用車を利用すれば約一時間三〇分を要することとなるけれども、両名ともに乗務時刻の関係から敦賀営業所勤務の場合と異なり少くも週三回勤務先での仮泊を余儀なくされることとなる。

ところで、控訴人会社にあっては、本件配転命令の二、三週間前から三方タクシー班勤務の藤井栄ほか一名(非活動家)を敦賀営業所に配置転換することとしていたが、その交代要員の適格者は約二〇名に達し、嶺南居住者もその約半数を占めていたのにかかわらず、控訴人会社においてはこれらの者について何らの検討もしないで、卒然として被控訴人両名を指名し、その理由として、被控訴人両名がともに接客態度が良好でかつて乗客から苦情を申出でられたこともなく、服装も端正で乗客に好感を与えていること、また、前記協定に従い三方タクシー勤務者につき嶺北、嶺南出身者間のバランスをとるためであったと称している。

以上の事実が一応認められ、(証拠略)中右認定に反する部分はその余の前掲各証拠に照らして信用できないし他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定したところによれば、三方タクシー班の勤務は、敦賀バス班のそれに比して、労働条件が劣悪であるばかりか身分上の不安が常に伴なっていたので、勢い従業員も同所勤務を命ぜられることを恐れ、かつ、忌み嫌っていたものと推認できるから、使用者たる控訴人において同所勤務者の欠員補充の必要があるならば、地元から新たに採用してこれに充てるか、或は少くもその待遇を飛躍的に向上させ、又は身分上の不安を解消させ、或は交代期間を定めてこれを遵守するなどの措置をとり、従業員をして安心してその勤務につかせるよう配慮すべきが当然と考えられるのに、控訴人においてはこれらについて何らの考慮も払うことなく、かえって、組合活動家を特に選んで強制的に同所の勤務につかしめていたかの如くであり、本件配転命令をするに際しても、交代要員として被控訴人らよりも少くも通勤条件において適切と認められる者が多数存在したのにかかわらず、これに一顧も払わないで、むしろ勤務成績が優秀と認めたという被控訴人らを選んで、敢て前記のとおり従業員らが忌み嫌うところの勤務につかしめようとしたことは、その真意を把握するに苦しまざるを得ないところであり、ことに、経営移管問題が具体化し、近い将来に実現が見込まれ、その暁には同所勤務のタクシー運転士が他社に移籍することがほぼ確実に予想される時期において、組合の活動家であり、共産党支持者として知られている被控訴人両名に対して同所への転勤を命じたことから考えれば、本件配転命令は、所詮被控訴人らの政治的信条又は組合活動を真の理由とする差別待遇であるとの疑念を抱かざるを得ないところであり、到底合理的裁量に基づくものとは認めがたい。

そうすると、前記認定の事情から、被控訴人らは本件配転命令を拒否する正当な事由があるというべきであるから、被控訴人らは本件配転命令に従って三方タクシー班において勤務しなければならない義務はないといわなければならない。

5(ママ) そうだとすれば、被控訴人らが右義務に違反したことを前提とする本件懲戒解雇はその余の判断をまつまでもなく、その効力を生じないものであり、したがって、他に特段の事情の認められない本件においては、被控訴人らは依然控訴人会社との間に労働契約上の権利義務を保有しているものというべきである。

6(ママ) そして、被控訴人らは控訴人会社との労働契約に基づく収入によりその生活を維持しているものと認められることは前記のとおりであり、一方、控訴人会社が、懲戒解雇を理由として労働契約の存在を争っていることは明らかであるから、被控訴人らに本件仮処分を求める必要のあることは多言を要しないところである。

二  以上の次第で、被控訴人らの各申請を認容した原判決は結局正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 富川秀秋 裁判官 清水信之)

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